2016年の話

2016年が終わる。

個人的に今年は怒涛の1年でいつもの数倍濃厚な1年だったように思う。気がついたら1ヶ月終わっていたなんて月がざらにあったので、備忘録として今年をポイントごとに振り返ります。

 

就職活動

これは本当に苦痛だった。今年上半期の記憶がほとんどないのは、お就活でメンタルがやられまくっていたからだ。私は就活を始めるまでまあまあ初対面の人の前では頑張って話せる方だと思っていた。面接だってユーテイケルヤロと考えていて、まさか自分がこんなにも話すのが下手で人に否定され慣れていないとは思わなかった。やっぱり私は田舎の優等生特有の天狗精神が抜けてないのだとはっきりと自覚した。

いわゆるお祈りメールが届くたびに精神がボッコボコに殴られるのを感じて、6月なんてほぼ毎日布団の中で泣いていたと思う。とはいえ、私は一度寝たら翌朝はユーテイケルヤロ精神が復活するタイプのお調子者であるので、自分の悪いところにあまり目を向けず、本当に「ぼちぼち」という感じで就活をしていたように思う。周りのみんなが泣き言も言わず黙々と頑張っている中、自分は就活が上手くいかないことをネタツイートとして昇華させようとしていた。そんな自分も嫌だった。みなさんあのときはお見苦しいツイートばかりすいませんでした(今もそんなに変わってないかもしれない)。

結局就職はしないけど、自分の醜いところや弱いところと向き合う時間は沢山あったので今後に生かしていきたい。涙の数だけ強くなれないとマジで困る。

 

人間関係

お付き合いしていた方と就活メンタルによる自暴自棄で疎遠になり、もうマジどうにでもなれと思っていたら「付き合ってるのかよくわからないから別れてください」と言われ振られた。マジ何やってるんだ22歳。余談だけど、昨年のクリスマスにその人と出掛けた先で買った、母の誕生日プレゼントであるマグカップを帰省中にふと見つけて、アゥ…という声が出た。この気持ちははたして。

(多分ただただ申し訳ないという気持ちと、もう少しあれをこうしてああしてなかったらという後悔が全然消えないのだと思う、まあでも美味しいご飯を食べてよく寝たら少し忘れる。)

その他に人間関係と言ったら、昔仲良かった先輩達を軒並み尊敬できなくなっていることに気がついたことが大きい。大学1.2年生だった頃お世話になりまくった先輩と同じ年齢になった今、「アレ、あの人達って思ったより大したことないんじゃないか」と気がついてしまった。なんなら同学年だったら嫌いなタイプじゃね?とまで思っている。その人の色んな理不尽なところや苦手なところを、ただ「年齢」という布を被せて見えないようにしていただけだったと気づいた瞬間、なんだか嫌気がさしてしまって今はぼちぼち距離を置いている。昔は本質を見れていなかったのか、歳を重ねて自分の性格が悪くなったのか、多分どちらもあるけど性格が悪くなったんだとしたら、それは多分就活のせいです(全て社会のせいにするゆとり世代です)。

とはいえ、距離をとってるのは私からの一方通行で、有難いことに先輩には今も気にかけてもらっている。それが一切無くなったら私はどう思うのかしら。誘ってもらっていながらこういう態度をとっているのは甘えだなと自分でも思う。誘われるうちが華ですよね。分かっているんだけど…。そういえばある人に、こういうワガママなところを指摘されて「お前は愛されて育ってきた末っ子だよな」と言われた。私もそう思うけど直せない…

 

お勉強

3年生以降、ようやく自分の興味に合ったことが勉強できるようになってから(特に今年の夏に参加したゼミ合宿以降)勉強がメチャ楽しい。社会学は文字通り社会のことならなんでも研究対象としているけど、個人を越えた存在としての「社会」を日常生活のふとした瞬間に実感すると脳汁がドバドバ出る。理論立てた考えができないタイプである私が、皮肉っぽく世の中を眺める社会学なんて向いていないなぁと思うことは多々あるけど、指導教官と同期のみんなのおかげで楽しい社会学徒ライフを送れていると思う。

就活をやめて大学院に進学しようと決めたのは8月。世間的には遅いと思うけど、フリーターになるか楽しいお勉強ライフになるかの瀬戸際なので、それこそマジで頑張らなきゃいけない。スタートダッシュが遅かったので普通にヤバい。メインイベントである卒論も楽しく執筆できて、協力してくれた方々にお礼を言って回りたいくらいなんだけど、数年後には黒歴史〜!って言ってるのかな、あと2年学生生活を送れるならそれくらいの成長はしたい。

 

趣味の話

巷では2016年のベストアルバム10選などをみる機会が増えてきたけれど、恥ずかしながら私は全然新しいアーティストやアルバムを掘れていない。

それだと少し寂しいので、今年聴いてアドレナリンが出た曲やアルバムなどを忘れないようにチョロチョロと書こうと思います。

 

琥珀色の街、上海蟹の朝/くるり

ほんとのほんとに超最高曲。ちなみに今年行ったライブの中でのベストライブもくるりのNOW&弦です。

・Vキシ/レキシ

歴代アルバムの中で1番好きかもしれない。ゴッチもチャットも良かったけど個人的には、松たか子さんが優勝です。

・Souvenir /POP ETC

サマソニでライブを観たその日のうちにiTunesでポチりました。

・恋/星野源

イントロのスネアが入るところがメチャ良。あと1番.2番の歌詞があっての最後の歌詞よ…

 

他にも良いなぁと思うものはありましたが、上にあげたものは一時期ほんとにそれだけってくらいドチャクソ聴いてました。

来年は1月からツードアのライブがあるのでバシバシ良い音楽をキメていきたい。

ちなみに漫画は言わずもがなCCさくら完全版が優勝です。

 

2017年に向けて

正直大学院試が終わるまでは年末も年始もクソもないので、今はなんともいえないんだけど、来年は計画をしっかり立ててとりあえず勉強をもう少し頑張りたい。

あとは、最近の目標だった「フットワークを軽くする」について。9月以降フットワーク軽く行動していた結果、「特に楽しくない人と一緒にいても時間の無駄」ということがわかった。気がつくのが遅い。フットワークも大事だけど、やっぱりやる前に心惹かれないものは実際も楽しくないことが多いんだなぁ。

来年はそれも踏まえて「正しく取捨選択をする」を目標にしたいと思います。

 

それでは良いお年を。

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※写真は、今年の沖縄旅行で見つけた「サメの交尾器」です。その他SNSにあげる勇気が無かったので、ここにあげて供養します。

嫌いな子の話

突然だけど、私には嫌いな女の子がいる。

最近は「嫌い」というより「苦手」くらいに落ち着いてきたので、正確には「苦手な女の子」なのだけど、そう書くと逃げているみたいだから、ここでは「嫌いな女の子」という表記に統一する。

 

その子はハッキリとした美人で、身長やら髪型やらが私と似ている(顔とスタイルは彼女の方がいい)。某バンドのボーカルに似ているせいで、馬鹿みたいな話だけれど、私は今でもそのバンドの楽曲を聴くことができない。

 

その子と疎遠になったのは今から2年以上前で、そのきっかけは同じ人を好きになったことだった。あまり思い出したくないけれど、当時は同じ人を好きであることにお互いが気づいていて、同じコミュニティで顔を合わせなきゃいけないから最悪だった。恐らく向こうも私のことを超絶嫌っていた。

余談だけど、あの頃の人間関係(三角関係?)は客観視するとクソ面白いので、今でもたまに飲み会のネタにしてしまう。(聞きたい人がいたら飲みに行きましょう)

 

色々あって、当時取り合ってた男の子とはお互い何も関係がなくなったんだけど、結局今でも彼女との関係は修復されないままで、同じ空間にいても殆ど話すことはない。その雰囲気は周囲から見ても明らからしく、後輩からは「◯◯さんと仲悪いんですか?笑」と聞かれたこともある。(ウケる)

私の中で彼女は、嫌いだけど「いること」は意識する存在、みたいなかんじだった。(そういえば昔は、ミュートしている彼女のツイッターをわざわざ見に行ってはイラつくということをしていた、ツイッター向いてない。)

 

それだけではないけど、そのコミュニティに対するモヤモヤがチリツモ的に溜まっていて、距離を置こうとアカウントを消したのが数ヶ月前。わりと平穏に過ごしていたのに、つい先日、久しぶりに出席した飲み会で彼女の真向かいの席に座ることになった。

固まる私、目を合わせない彼女、ビールの味が分からない、モツ煮が食べたい、けど彼女が嫌いだったらどうしよう!!!!!!!

けど、頑張って話しかけた。話を合わせた。私お得意の超絶愛想笑いが何度も出たし、1時間で座席を移動したけど、なんとか乗り切った。

なんというか、これは私にとっては結構びっくりすることだった。彼女がどう思ってたかは分からない(多分こちらの無理が伝わっていたんじゃないかと思う)けど、どうでも良かった。

それで気がついたんだけど、私は多分彼女と仲良くなりたかったのだ。

 

彼女との関係が最悪になる前、そのコミュニティで最初に彼女と話したのは私だった。初めて話したとき、この子とはもしかしたら友達になれるかもしれないと思った。

そのあとも、彼女は私に会うと、服装を褒めてくれた。あとなんかよくわかんないけどアイラインを引くのが上手いね〜と褒めてくれた。そういえば疎遠になってからも、このことをたまに思い出していた。(今思い出してもアイライン上手いねってなんだ)

 

けど結局、私は彼女のことを好きになれなかった。きっかけだけが全てじゃない、今思うと性格も全然好きじゃない(と思う、この距離感だからかもしんないけど)。

多分向こうにとってもそうで、お互いに、相手のことは大学時代の黒歴史の登場人物の1人としてカウントして、たまに飲み会のネタにしたりするんだと思う。

 

今後一生、彼女との関係が劇的に変わることはないと思う。来年からは殆ど顔も合わせなくなるし、facebookでたまに名前を見る程度になると思う。

だけど、完全に忘れるまでは、完全にどうでもいいと思えるまでは、私はきっと、あのとき明確になってしまった、仲良くなりたかったという気持ちをたまに思いだすと思う。

 

完全に忘れたいのか、今からでも仲良くなりたいのか、今はまだわからない。

 

 

追記。

久しぶりに論文以外の長文を書いたのになんだか切ない話になりました。

就職活動も早々に諦めて、今は来年からも勉強できるように勉強をしています。昔の外国の偉い社会学者が社会や集団や人と人の相互行為について小難しいことを言ってるのを見ると、なるほどなぁとわくわくします。けど、社会学者って近くにいたら絶対にめんどくさいと思うしみんな超性格が悪いと思う。みんな友達少なそう!ちなみに私も友達が少ないです。

 

※画像は最強のチーズリゾットです。

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女の子の話

こんなタイトルですが、保健の授業中に女子だけ視聴覚室に集めてするお話をするわけではありません。女の子同士の友達のお話です。

 

私は小中高大と(少なくはあるけれども)友達に恵まれてきた方だと思っている。特に今でも連絡を取り合っている女友達には、本当に感謝してもしきれないほどお世話になっている。まあ中学生まではちょっと友達にシカトされたりなんかで悩んだ時期もあったけど、概ね女友達に関しては概ねうまくいってる人生だ。ありがてぇ。

 

そういうわけで私は、広く世間にイメージされているような「面倒な女同士の友人関係トラブル」に遭ったことがない。なのに、ごくたまにだけど「女同士ってちょっと面倒くさそうだよね」的なことを殿方に言われることがある。この2016年に!!!そういうとき私は「そんなことないよ笑」と答えるんだけど、イマイチ話が通じてない気がしていた。

彼らが実際そう思ってるのかは置いておいて、メディアで取り上げられる「女の友情」って大抵ヤな奴が出てきて男の取り合いなんかしてゴチャゴチャしてめんどくさいね!という構図で語られがちだと思う。けど実際そういうめんどくさいことが起こる割合ってどれくらいなんだろう。というか陰口叩いたり取り合いしたりなんて男女関係なくやる奴はやるんじゃないの!まあ確かにイヤな女は全然いるけどね!(その分ウンチみたいな男もいっぱいいると思う)そして私も嫌いなタイプの女性像はあるけどね!

 

支離滅裂になってしまったけど、こういうことをぼんやり考えたのは、柚木麻子さんの「ナイルパーチの女子会」という小説を読んだことに起因しています。

 

〜あらすじ〜

丸の内の大手商社に勤めるやり手のキャリアウーマン・志村栄利子(30歳)。実家から早朝出勤をし、日々ハードな仕事に勤しむ彼女の密やかな楽しみは、同い年の人気主婦ブログ『おひょうのダメ奥さん日記』を読むこと。決して焦らない「おひょう」独特の価値観と切り口で記される文章に、栄利子は癒されるのだ。その「おひょう」こと丸尾翔子は、スーパーの店長の夫と二人で気ままに暮らしているが、実は家族を捨て出て行った母親と、実家で傲慢なほど「自分からは何もしない」でいる父親について深い屈託を抱えていた。
偶然にも近所に住んでいた栄利子と翔子はある日カフェで出会う。同性の友達がいないという共通のコンプレックスもあって、二人は急速に親しくなってゆく。ブロガーと愛読者……そこから理想の友人関係が始まるように互いに思えたが、翔子が数日間ブログの更新をしなかったことが原因で、二人の関係は思わぬ方向へ進んでゆく……。(文藝春秋booksより)

 

全体的に女の「友情」に自分が喰われる怖いお話。主人公の2人は女友達がいないんだけど、いわゆる「女子会」的なものに嫌悪感を抱いている一方で、強く憧れてもいる。(作者の柚木さんが伝えたかったことは違うのかもしれないけど、)私はこの「憧れ」の描写にすごく惹かれた。

実際、女の友情みたいなのを悪く言う人って結局その外にいる人で。で、その嫌悪感は疎外感も含まれているんだろうなと思う。その友達同士でしか分かり合えないものが自分には分からないから怖いんだろうなと。簡単な言葉で言ってしまえば「羨ましさ」とか「自分は仲間でない寂しさ」とかになるのかな。(ここまでいくとちょっと言い過ぎだけど)

自分には分からない怖いものだから、イメージを作り上げて「世間一般の共通の敵」みたくしているのだろうな。

でも、こういうのって誰にもありますよね。私も三代目ジェーソールブラザーズについて何も知らないから怖いなーとおもっています。だから怖いとかチャラいとかいうイメージで語りがち。

だから全く責めるつもりはないんだけど、「こういうのってあるよね〜(はるな愛)」って思ったのでブログに書いてみた。別に知ろうとしなさいって啓発しているわけでもないし、イメージでモノを語るなとお説教したいわけではありません。俺に思想なんてないんや…。

一連のお話、何を今更という人が多いと思うんだけど、私はこの「ナイルパーチの女子会」を読んで少しスッキリしました。みんなに(特に女の子に)一読してほしい。本貸します。

 

まあでも今度「女同士ってめんどくね?」とか「女子だけでたくさん集まって楽しいのか」とか言われたら、「(まあお前らはこの居心地が良い中に入ってないから分かんないだろうけど)えー楽しいよー笑」と答えちゃうかもな。(答えてない)

 おわり

※画像は、私の今年の夏の目標です。

太陽の下キラキラso happy野郎になります。

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カードキャプターさくらの話

2015年で、なかよし60周年。

正直、幼い頃はちゃおとりぼんの二刀流で、なかよしの派閥には属しておりませんでした。「ぴちぴちピッチ」とか小学生の読み物にしては超エロかった。手が出なかった。

そんな中で、唯一私がなかよしで心を奪われた少女漫画があります。

それが、カードキャプターさくらです。

友枝町に住む小学四年生(!)さくらが、伝説の魔術師クロウ・リードの作った「クロウカード」を集めながら成長していく…

魔法の杖も買ったし、コミックも姉と喧嘩しないように、2冊ずつ買っていました。(中に、しおりとしてクロウカードが入ってて、それと杖を使ってさくらちゃんごっこをしていた)そんな、私の青春であるCCさくらのなかよし60周年を記念した新装版が出たんですね。

改めて読んでみると、深い。深すぎるよ。こんなの小学生のときに読んでたんだね。良い機会なので、大人になった今、CCさくらについて思うところを語ろうと思います。

 

さくらちゃんの周りの人々

さくらちゃんはカードキャプターである以外は、いたって普通の女の子。しかし、さくらの周りの人々はどうでしょう。

例えば、さくらの親友・知世ちゃん。彼女は、いつもさくらを優しく見守り心の支えとなります。が、さくらの(知世に対する)「好き」と知世の「好き」は少し違うと本人は語ります。

小狼は友枝小の転校生として、最初は敵意を向けていながらもさくらに惹かれていきますが、最初に好きになったのは、さくらの想い人である雪兎さん(つまり男性)。

そもそも、雪兎とさくらのお兄ちゃん・桃矢も、言い切ってはないけどお互いを想い合っているし、さくらの友達の利佳ちゃんは、実は担任の寺田先生とお付き合いをしている。そして知世の母・園美はさくらの母・撫子を何よりも大事に思っていた。

敢えて誤解を招くことを恐れずに言うと、CCさくらの世界には「変わった」恋愛をしている人が多いんですね。「普通の」恋愛をしているのは、さくらの友達の千春ちゃん・山崎君カップルくらいかもしれません。(といいながらこの2人も幼稚園からの付き合いらしいから普通の小4ではないかな?)

 

さくらの立ち位置

言いかえると、この漫画の登場人物はマイノリティばっかりだと思うんです。ただ、(少なくともお話の中で見える限りは)誰もそのことに疑問を持たず、受け入れている。その中で、やはりキーパーソンとなっているのが主人公・さくらだと私は思います。小狼が雪兎のことが好きだと気付いても、さくらはその事実を受け入れる。雪兎に告白したとき、雪兎の「いちばん」が桃矢だと知ってさくらは「うれしい」と言う。

この少し変わった世界に、「誰にでも優しい」さくらを通して触れることで読者は、何も疑問を抱くことなくこの物語を自分のものにできるのだと思います。(少なくとも、小学生の頃の私は登場人物の年の差、同性愛について疑問を持たず「素敵だなぁ〜」と思っていました)

また、物語の中で、さくらの恩師・観月先生や知世は繰り返し「みんなさくらのことが大好き」だとさくらに伝えます。そう、登場人物もカード達もさくらが大好きなんですね。

少女漫画のヒロインってやっぱり誰からも愛されているんだけど、こんなにはっきりとみんなに愛されているヒロインってなかなかいないんじゃないでしょうか。

 

優しい世界

つらつらと述べてきたように、みんなを愛し、愛されるさくらの物語は本当に「優しい」。悪意のあるキャラクターは一人も登場しなくて、誰もが大切な誰かのことを想っています。

この物語はマイノリティを描いているわけでは決してない(と思う)けれど、大人になった今改めて読むと、彼ら一人一人に背景や物語があるんですね。登場人物一人一人を主人公に漫画が描けるくらいに、彼らに物語を感じるんだけれど、さくらを通して彼らに触れるというのがなんかすごくイイなと思うんです。(ボキャ貧)

だから、私がCCさくらで好きな回は、バトル回ではなく、さくらがおじいちゃんにバレンタインのチョコを贈る回であったり、さくらが雪兎に告白する回であったり、最終回であったりします。

毎日生きていると優しくない人間を沢山見ます。傷つくこともあります。けれど、CCさくらを読んでいると、辛いことがあっても「優しく」いようと思えるんですね。21歳の私にとって、カードキャプターさくらはそういう物語です。

色んな人が色んなところでこの手の話をしてるとは思うのですが、自分でまとめたかったので今回100パーセント自己満で語ってみました。CCさくらは、小学生の私にとっても今の私にとってもバイブルであると再確認。CCさくらはいいぞ。

余談ですが、好きなキャラクターとか本当に選べないんだけど、女性キャラだと観月先生がチャーミングで好きです。知世ちゃんも大好き。あとは、本当に桃矢と結婚したいですね。マジで。

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NOW AND THEN の話

くるり NOW AND THEN Vol.3の神奈川公演に行ってまいりました。

一番好きな「ロックンロール」、憧れの先輩と組んだ(ここ重要)バンドでコピーした「HOW TO GO」など思い出が詰まりすぎてるアルバムを、現在のくるりが演奏するというのは、私の中でとても大きなことでした。

「アンテナ」が出たのは2004年。
色褪せなさすぎやろアホか。

そういえば、小学生の頃はテレビで流れる昔のJポップを聞くと、なんやこれダッサなどと思っていたのに、いつのまにか最近の流行りについていけないようになりました。まだ若者なのに…

ライブの話に戻ると、「アンテナ」の曲はもちろんアンコールの新曲4つが素晴らしかった。まさしく「今の」くるりが全面に出ていて(まさか岸田さんがラップをするなんて思ってなかった、格好良かった)びっくり。

思い出を美化してあの頃は良かったなぁと思ったり、あの時をずっと後悔して過去に戻りたいと思ったり、後ろを向いてばかりの私には、今日のライブはなんかこうクるものがありました。MCで岸田さんが「昔の曲をやると、それを超えなきゃいけない」的なことを仰っていたんだけど、その通りだなぁと。

思い出話はぬくぬくと居心地が良いけど、そこから抜け出してしんどい今を生きていかなくてはいけないんですね。クサいですか?そうですか…でも、ライブを見て昔を思い出しながら、そんなことを思いました。ポエマーですいやせん。

まあでもやっぱり昔の曲は好きだし思い出話も好きです。もちろんそれを捨てるわけではありません。過去に縋らずパワーにして、今を大事にしなければ、という話です。
まさしく、NOW AND THENやでホンマ!
「これまで」も「これから」も同じくらい大事にできる、そんな大人になりたいものですね。

そんなセンチメンタルは抜きにしても、ライブ行けてよかった。個人的に、「さっきの女の子」が聴けたので天にも昇る心地です。ハッピーハッピー


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ゴミみたいなプライドの話

面接やグループディスカッションのときに一緒になる人を分類してしまう趣味の悪いクセがあります。
「まずは前提をしっかりさせましょう」マン、「めっちゃ緊張してるんですよ〜っ」マン、お笑いに徹する盛り上げ役の女の子などなど。

その中で私は「初対面の、明るい盛り上げ役の女の子」に苦手意識を持ってしまう。待合室のお喋りはその子の独壇場、他のみんなはツッコミを入れたり笑ったりして和やかなムードになって良かったねみたいな空気になる。その雰囲気がすごく苦手です。

理由は私のつまんねぇプライドなんや…わかっとるんや……
面白いことや楽しいことは好きだけどメインカルチャーには迎合できず、サブカルチャーに居座ってプライドの高い自分。そんな自分と彼女達を比べて眩しさに灼かれそうになってしまうのです。
そういえば高校生のとき、朝井リョウさんの「何者」を読んで、ウワッッ!痛いところを突かれた!と思ったものです。成長してねえなあ。(内容を知らないひとは読んでね)

笑うことや楽しいことは好きだけど、その場を楽しみ切れず「鳥瞰する自分」をどこかで設定してしまう。愛想を振りまきながら、周りの就活生のことを心の中で敵視したり小馬鹿にしたりしてしまう。そんな意地の悪い自分と日々向き合いながら未来の職探しをしている最中です。

「自己分析」とはよく言ったもので、実際は自分のネガティブな側面と向き合う作業の積み重ねだったりします。うーん、でも私だけかな?
就活終わるまでには、もう少しポジティブに自分について考えられてるといいね(はーと)

写真は今日買ったイヤリングとピンキーリングです。しかし私は金属アレルギー持ちなので、イヤリングをつけると耳たぶから流血します。
オシャレは我慢や。

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はじめに

ついに、140字では考えていることを書ききれないところまで来てしまいました。

最近、就職活動やその他のゴタゴタを機に、自分がどういう人間か見つめ直す機会が増えました。その中で、考えたことを1人でコソコソと文章にすると輪郭が見えてきて、頭の中がスッキリとすることに気がつきました。関係ないけど、このスッキリさせる方法って人それぞれタイプがあるよね(人に相談すると見えてくるって人とか)。

自意識が邪魔して今まで手を出さなかった長文投稿の類。誰かの目を気にすると、自意識や承認欲求がアレしてアレになるので、この場ではそういうものから目を背けることにします。頭の中を断捨離して整理整頓してスッキリさせるために、まとまりのない文章を取り留めもなく書きます。

就職活動の話とか、就職活動の話とか、就職活動の話とか、サークルの話とか、先輩の話とか、承認欲求や自己肯定感の話とか、趣味の話とか、就職活動の話とかします。

私の承認欲求が肥大化して、twitterのアカウントの鍵を外そうとしたりブロガーぶったりし始めたら(しないけど)頬を引っ叩いてやってください。

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